属人化が深刻になる理由|「私が辞めたら困るでしょ」と人がシステムになる会社
特定の社員に仕事が集中する属人化は、本人の性格だけでなく、会社の記憶が人の頭に置かれている構造から生まれます。検索機能、商品マスター、在庫管理、顧客管理を人が担ってしまう状態を図解します。
特定の社員に仕事が集中する属人化は、本人の性格だけでなく、会社の記憶が人の頭に置かれている構造から生まれます。検索機能、商品マスター、在庫管理、顧客管理を人が担ってしまう状態を図解します。
経営者であれば、一度くらい「この人に辞められたら困るな」と思ったことがあるのではないでしょうか。
仕事ができる。経験がある。お客様を知っている。現場を知っている。何か問題が起きた時も、その人に聞けば分かる。
もちろん、経験豊富な社員が会社にとって重要なのは当然です。けれども、その状態が長く続く中で、会社の中にこんな空気が生まれることがあります。
「この人がいないと業務が回らない」
「本当はやり方を変えたいが、反対されると進めにくい」
「もし辞められたら、誰も仕事を引き継げない」
本人が実際に口にするとは限りません。それでも、会社の中に「私が辞めたら困るでしょ」という力学が生まれてしまうことがあります。
これは市場業界だけの問題ではありません。製造業、建設業、物流、卸売、小売、サービス業でも起こり得ます。
なぜ、このような属人化は深刻になるのでしょうか。背景の一つには、「人がシステムの役割を担っている」構造があります。
例えば、ある社員が退職したとします。
その会社に、顧客データ、販売履歴、仕入履歴、在庫履歴、価格変更の履歴、過去の対応履歴、業務フローが残っていれば、退職の影響はあっても、会社は過去の情報をたどることができます。
「あのお客様は何を買っていたのか」
「前回はいくらで販売したのか」
「この商品はどこから仕入れていたのか」
「過去にどんな対応をしたのか」
こうした情報を確認できるからです。
一方で、それらが残っていない会社ではどうでしょうか。情報があるのは、紙、個人のメモ、昔の帳面、そして人間の記憶です。
この状態では、その人がいなくなった瞬間に、業務の背景まで失われる可能性があります。
「紙があるから情報は残っている」と考えることもできます。確かに、紙には結果が残ります。
しかし、紙だけでは残りにくいものがあります。
紙に残るのは結果です。人の頭に残るのは文脈です。
そして、その文脈が一人の社員に集中すると、その人の重要性は自然に高まっていきます。これは市場会計でも同じで、取引先ごとの例外や締め前の確認順が頭の中にあると、市場会計の属人化を防ぐ方法で整理しているように、不在時のリスクが高まります。
何か分からないことがある。
「あの人に聞こう」
過去の取引を確認したい。
「あの人なら覚えている」
在庫が合わない。
「あの人に聞けば分かる」
お客様から昔の話をされた。
「あの人しか知らない」
こうした状態は、日々の仕事では非常に便利です。システムを検索するより早い。資料を探すより早い。本人に聞けば数秒で分かる。
だから会社は、その人に頼ります。周囲も頼ります。経営者も頼ります。そして気付かないうちに、その人が会社の「検索機能」になっていきます。
問題は、検索できる先が会社のデータではなく、一人の記憶だけになっていることです。
例えば、商品名が統一されていない会社があります。
仕入先ではAという名前。社内ではBという名前。お客様にはCという名前で販売する。新人には分からない。
しかしベテラン社員は、「これは、うちではあの商品」と瞬時に判断できます。
変換辞書はない。ルール表もない。システムにも登録されていない。でも、その人は分かる。
この場合、その人自身が商品マスターの役割を担っています。
市場の商品名や単位は、現場の事情によって変わります。だからこそ、現場の呼び方を消すのではなく、商品マスター設計の考え方のように、魚種、産地、状態、単位、変換ルールを分けて残す必要があります。
在庫も同じです。
システム上は10個。しかし実際には、「2個は予約済み」「1個は加工中」「3個は昨日からの持ち越し」「あれは〇〇さん用」という情報がある。
それを担当者だけが知っている。
この場合、正しい在庫情報はシステムではなく、人の頭の中にあります。つまり、人が在庫管理システムになっています。
市場では、仕入単位、加工、販売単位が変わることもあります。kgで仕入れて本数で売るから、魚市場の在庫管理は難しいで扱っているように、在庫は単純な数だけでは見えません。だからこそ、残すべき情報を人の記憶から切り出すことが大切です。
お客様との関係も同じです。
このお客様は価格に敏感。このお客様は品質を重視する。このお客様は毎週この商品を買う。このお客様にはこの担当者から連絡した方がいい。このお客様は過去にこういうトラブルがあった。
こうした情報がデータとして残っていれば、会社として共有できます。しかし残っていなければ、その情報は担当者の頭の中にあります。
担当者が辞めると、会社は顧客との関係の背景を失う可能性があります。
ここからが、経営者にとって難しい問題です。
ある社員しか分からない仕事が増える。その社員しか判断できないことが増える。その社員しか対応できないお客様が増える。
すると、「この人がいないと困る」という状態になります。
そして、その状態が長く続けば、次のような経営上の悩みにつながることがあります。
もちろん、すべての会社でそうなるわけではありません。すべてのベテラン社員が変化に反対するわけでもありません。
ただ、人にしか情報がない状態が続けば、会社としてその人への依存度は高まりやすくなります。その結果として、経営判断の自由度が下がることは十分に考えられます。
もし会社の中に「私が辞めたら困るでしょ」という空気があるとします。
それを「本人の性格が悪い」「ベテランが権限を持ちすぎている」という話だけで終わらせるのは簡単です。
しかし、本当にそれだけでしょうか。
会社が長年、その人に仕事を任せてきた。情報を残してこなかった。判断基準を共有してこなかった。データを蓄積してこなかった。業務を仕組みにしてこなかった。
その結果として、その人に知識が集中した可能性もあります。
だとすれば、「私が辞めたら困るでしょ」という状況を生み出したのは、本人だけではありません。会社の構造そのものかもしれません。
業務がデジタル化されている会社では、少なくとも履歴をたどれる可能性があります。
誰が何をしたのか。いつ変更したのか。過去はいくらだったのか。どの商品を販売したのか。どこから仕入れたのか。何が残っているのか。
すべてが完璧でなくても、データが残っていれば手掛かりがあります。
一方で、フルアナログに近い会社では、紙か、口頭か、人間の記憶しかない状態になりやすい。
紙を探しても見つからない。見つかっても背景が分からない。本人に聞くしかない。
こうした環境では、人への依存がより強くなります。
DXというと、作業時間を減らす、人件費を削減する、入力を自動化する、紙をなくす、という話になりがちです。
もちろん、それも重要です。しかし、デジタル化には別の価値があります。
会社の記憶を残すことです。
誰が何をしたのか。なぜその判断をしたのか。どのような取引があったのか。どの商品が動いたのか。どのお客様が何を求めているのか。
こうした情報が蓄積されれば、会社は少しずつ「人の記憶だけに依存する状態」から離れることができます。
これは、単にツールを入れる話ではありません。市場業務の標準化とはで整理している通り、迷わなくてよい部分を決め、判断が必要な部分は理由と一緒に残すことが大切です。
ここは誤解してはいけません。
ベテラン社員の経験は、非常に価値があります。何年も、何十年もかけて蓄積した知識を、簡単にシステムへ置き換えることはできません。
また、すべてをデータ化すればいいわけでもありません。人にしかできない判断があります。経験が必要な仕事があります。関係性が重要な商売があります。
だから目指すべきは、「人をなくすこと」ではありません。
人の経験を、会社に残すことです。
優秀な社員に辞められたら困るのは当然です。
しかし、「辞められたら困るから、何も変えられない」状態になっているのであれば、一度考える必要があるかもしれません。
もし、その答えの多くが「あの人に聞かないと分からない」なのであれば、その人が悪いのではありません。会社の重要な情報が、人の頭の中だけに置かれている可能性があります。
小さく始めるなら、まず「誰の頭に何が入っているのか」を書き出します。次に、検索機能、商品マスター、在庫管理、顧客管理のどれを人が担っているかを分けます。そのうえで、よく聞かれること、よく迷う判断、取引先ごとの例外から順に会社へ残していきます。
属人化の整理をどこから始めるべきか迷う場合は、現状の業務フローと、特定の人に集まっている情報を一緒に確認できます。お問い合わせから、課題整理としてご相談ください。